文化

【蘇民祭】黒石寺蘇民祭 男の裸祭り Japanese tradition【日本の奇祭】

6 2月 , 2013  

蘇民祭信仰
『備後(びんご)風土記』の中に蘇民信仰の逸文が残されている。
 北海の武搭神(たけあきのかみ)が南海の神の娘をめとろうと旅に出、途中で日が暮れた。そこに将来兄弟二人が住んでいた。兄の蘇民(そみん)将来は大変貧しく、弟の巨旦(こたん)将来は裕福で家や倉を百余りも持っていた。武搭神は弟に一夜の宿を借りようとしたが断られ、やむなく兄の家に泊めてもらった。兄は粟の飯でもてなした。後に武搭神は八人の王子と帰る途中将来の所に寄り「かつての報いをしよう。おまえの子孫がその家にいるか」と問うと、「妻と娘がいる」と答えた。すると「茅(ち)の輪(わ)」を腰に着けることを命じた。その夜、神は蘇民の妻、娘を除いてすべてを滅ぼしてしまった。そして「私は須佐之男命(すさのおのみこと)なり、後の世に疫病あらば蘇民将来の子孫といい、腰に茅の輪をつける者は疫を免れるであろう」と申された。
 武搭神・須佐之男命・牛頭天・薬師如来は同一神仏であるという。

妙見山黒石寺公式ホームページ



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