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【ドキュメンタリー】巨人ドラ1 大田泰示 このままでは終われない…

13 10月 , 2014   Video

かつて、ドラフト1位で巨人に入団した男が、今崖っぷちに立たされている。
松井秀喜の栄光の背番号55を受け継いだ大田泰示。
しかし、既にプロ生活6年目。未だに期待に応えられないまま、時間が過ぎている。
そして、今年、背番号が変わった。


結果を出さなければ、もう後がない…。
瀬戸際に立つ24歳の戦いの日々を追った。

現在、セ・リーグ首位をひた走る巨人。球界の盟主がその本領を発揮し、交流戦でも優勝を果たした。一方、2軍の練習場では2軍の選手たちが汗を流していた。
かつて、将来の4番バッターと期待された大田も、今年プロ6年目を迎えた。

広島県に生まれた大田は、10歳で野球を始め、中学では、軟式野球のクラブチームに所属し、県大会を制覇。そのあふれる素質は、プロ野球界からも注目を受けることとなる。運命の出会いは。中学2年生の時、広島で行われた野球教室。その指導に当たったのが、当時、監督を退いたばかりだった原辰徳や吉村禎章など、巨人のスター選手たちだった。大田の素質に最初に気づいたのは、吉村だった。中学生とは思えない、鋭いスイングに原も目を見張った。その指導から原に強烈な憧れを持つようになった大田は、故郷、広島を飛び出し、原の母校、神奈川・東海大相模高校に進学すると決めた。そこで大田の素質は大きく花開く。高校3年間で、清原・松井を上回る65本のホームランを放ち、プロ注目の超高校級スラッガーに成長した。ドラフト会議では、巨人とソフトバンクから1位指名され、抽選。クジを引くのは、監督に復帰していた憧れの原だった。見事、原がクジを引き当て、契約金1億円、年俸は当時の高校生として球団過去最高額となる1200万円。そして、与えられた背番号は松井秀喜がつけていた55番。大田は、原との絆を感じながら、運命に導かれるように巨人の選手となった。1年目のキャンプでは、原が自らバッティングを指導。高卒ルーキーに監督が直接指導するのは、異例中の異例のことだった。球団は大田に期待を膨らませていた。
しかし、2013年までの5年間で、1軍で放ったヒットは25本。そのうちホームランはわずか2本に過ぎない。期待に応えているとは到底言えない成績だった。そして、ついに背番号55から44へ変更を憧れの原監督から告げられた。
そして、2014年2月のキャンプ。強い決意で臨む大田の前にあの男が現れた。2軍の若手強化の臨時コーチとして招かれた松井秀喜。その松井がグラウンドで一番最初に声をかけたのが、大田だった。今年こそリベンジに燃える大田に、松井は、バッティングピッチャーをかって出てくれた。偉大な先輩からのエールを噛みしめながら、大田はバットを振った。さらに、大田はある大きな賭けに出る。これまで、大田のバッティングは、ボールを前でとらえ、力強く引っ張る傾向が強かった。そのため、外角の変化球に対応できず、空振りすることが多かった。しかし、もう同じ失敗は出来ない大田は、スタイルを180度変える改造を試みた。それは、詰まることを恐れず、手元までボールを見極め、右方向への意識を徹底すること。大田は、自分のパワーなら、右方向でも、大きな打球が飛ばせると自負していた。その成果は、徐々に見え始め、2軍戦で見事ホームランを打った。着実に進化するバッティングに大田も手ごたえを感じ始めている。

原監督との運命に導かれ、巨人に入団した、大田泰示24歳。
真夏の戦いに突入するペナントレースで、彼がどんなストーリーを紡ぐのか、楽しみにしている。


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